本編

【Act Ⅰ】
隠居(以下,隠)「おや,八っつぁん。しばらくだなあ。まあお上がり」
八五郎(以下,八)「どうも,ご隠居さん。すっかりごぶさたしました」
隠「たまには遊びに来ておくれよ。何かい,今日は何か用があって来なすったのかい」
八「いいえ,用がありゃァ来やしねえ」
隠「おや,おかしいね。用がなきゃ来ないってのはあるけど,用がありゃ来ない」
八「だって用がありゃ,その用をしてるもの。用がなくって退屈でしょうがないから遊びに来たんじゃありませんか。クフッ,こんなトコ」
隠「おや,こんなトコとはご挨拶だね。今日は休みかい」
八「へえ,朝っから変てこな天気になりやしたからね。しょうがねえ,休みにしちゃった。隣でガキが寝小便をして灸を据えられてギャーギャー泣いてるのを聞いてるのもあまり面白いもんじゃねえからブラッと出てきたんだが,ご隠居さん忙しいですか」
隠「いや,ワシも徒然で相手のほしい所だ。ゆっくりしておいで」
八「ゆっくりしてっていいですか」
隠「ああ,いいとも」
八「寄留しましょうか」
隠「寄留をして遊ばなくたっていいよ。面白い人だな。お茶をいれましょう」
八「おうっとっと,お構いなく。ご隠居さんトコのお茶ァ,うまくていい匂いだが手数がかかるもの。沸かした湯を新規に冷ましたりさ。そんなことしなくたってヒヤでようがすよ」
隠「ヒヤって・・・そりゃお酒の方がいいだろうが,今日はここによそから甘いものをもらったから」
八「おやおや甘いモンかい」
隠「はてね。お前,甘いのはいけないかい」
八「ええ,芋ようかんなど五本も食おうもんならゲンナリしちまうんで」
隠「あきれたねェ,お前って人は・・・誰だってそんなに食べればゲンナリするよ。失礼ながら今日のお菓子は上等なものだよ。到来物だ」
八「はァ,弔いの」
隠「弔いじゃあない。到来物。もらいもののことだ」
八「そうだろうねえ。もらいもんでもなけりゃあ,こんなトコに上等なものなんかあるわけねぇからねえ」
隠「あいかわらず口が悪いな。そんなことはどうでもいい。さあおあがり」
八「へえ,芋のじゃない本物のようかんだ。五つ切ればかりこみに食ってようがすかね」
隠「そう欲張るもんじゃないよ。八っつぁん,何でも人間というものは,食うことと住むことと着ることは,そうがっつかないでも一生ついて回るものだよ」
八「ところがこちとらはついて回らないことがおびただしいや。店賃(家賃)も四つもたまってる。催促はされてんだがこっちは図太くかまえて動かねえんだ。着るものは着たっきり。食うものは店だてかケンツクくらいのもんで,まるっきり首が回らねえ」
隠「お前のように怠けていちゃだめだ」
八「ご隠居さんだって怠けてるように見えますぜ」
隠「ワシは娘に養子をしたんだ。この養子がまた働き者でな。ワシはこうして遊んでいられる」
八「へえ,うめえ株だね。娘はいい女ですかい」
隠「変なことを聞くなあ。親の口からいい女とは言えない。まあ十人並みだな」
八「十人並みじゃよくわからねえ」
隠「世間ではワシに瓜二つだと言ってくださる」
八「ああ,白髪がはえてて歯が抜けてんだ」
隠「そうじゃない。顔立ちがそっくり」
八「ご隠居さんにそっくりってんじゃ,瓜二つよりカボチャ二つの方が正しいや」
隠「余計なことを言いなさんな。口の悪いやつだ」
八「いくつなんですえ。その娘は」
隠「今年たしか四十になったろう」
八「なんだ,四十といやあもう婆ァじゃねえか」
隠「なんだい。いくつになったって娘は娘じゃないか」
八「娘のつもりだって世間の相場は婆ァだ」
隠「何を言うんだよ。でまあ所帯はその娘夫婦にゆずってしまってワシはこうしてゆっくりできるんだ」
八「でもご隠居さんにも何か道楽がありましょう」
隠「それは少しはな」
八「そうだろう。柳橋かなんか行って芸者に“おんや旦那がいらっしゃったわ”なんて言われてるんだね,畜生」
隠「馬鹿だな。そんなのじゃない。ワシの道楽は書画だ」
【Act Ⅱ】
八「はあ,それで鼻の頭が赤いんだね」
隠「何だって」
八「唐辛子の好きな者は鼻の頭が赤くなる。生姜もやっぱり赤いから同じ理屈だ」
隠「生姜じゃない。書画。絵や字のことだよ」
八「そのご隠居さんの後ろにあるのは何ですね」
隠「屏風じゃないか」
八「屏風ってのはもっと長ェもんだろ」
隠「屏風だって二ツ折もあれば四ツ折も六ツ折もある」
八「ふーん。でも何だってきれいな屏風に,そう汚いものをベトベト貼りつけてるんで」
隠「これは“貼り混ぜ”という。手に入れた古い絵を一つ一つ丁寧に貼った。きれいな絵をただ買ってくるよりもどうして,安いし楽しいものだよ」
八「その侍が二人で取っ組み合いをしてる絵はなんです」
隠「姉川の合戦だよ。本多と真柄の一騎討ちのところだ」
八「真柄ってのは」
隠「北国の豪傑,真柄十郎左衛門」
八「本多ってのは」
隠「徳川方の四天王の一人だ。酒井,榊原,井伊,本多というだろ。その本多平八郎忠勝という方だ」
八「四天王て何です」
隠「強い人を四ッたりよりどって守護の四天にかたどった。昔の大将には皆,四天王というものがある」
八「誰にでも?」
隠「源頼朝の四天王が佐々木,梶原,千葉,三浦。義経の四天王が亀井,片岡,伊勢,駿河
八「ふーん。シジミ,ハマグリ,バカ,ハシラなんてね」
隠「何だい,そりゃ」
八「貝類の四天王さ。カッパ,カラカサ,ミノ,アシダとくりゃ雨具の四天王だ」
隠「変なものを集めたな。新田左中将義貞の四天王が栗生,篠原,畑,亘(わたり)」
八「公園の四天王が日比谷,浅草,芝,上野」
隠「公園の四天王・・・木曾義仲の四天王が今井,樋口,盾,根野井」
八「日光街道の四天王が幸手,栗橋,古河,間々田」
隠「・・・源頼光の四天王が坂田,渡辺,占部,碓井
八「魚の四天王がタイにカツオにキス,マグロ」
隠「吉良上野介の付き人で四天王があって,鳥居,小林,和久,清水」
八「新聞の見出しで四天王があって,強盗,殺人,詐欺,ゆすり。競馬,競輪,酒,麻雀なんてのはどうです。今の道楽の四天王」
隠「そんな四天王はない。いい加減にしておくれよ」
八「こっちの絵はなんです」
隠「どれだい」
八「洗い髪の女が夜着を着てさ,拍子木みたいなのを持ってるじゃねえか」
隠「洗い髪じゃない。下げ髪。夜着ではなくて十二ひとえというもんだ。持っているのは拍子木じゃなくて短冊だよ」
八「雨が降ってるね」
隠「小野小町が雨乞いをしている図だ」
八「小野小町ってのはいい女だったそうですねえ」
隠「まず美女だよ」
八「雨に降られてビショになった?」
隠「そうじゃない。きれいな女の人を指して美女というんだよ」
八「じゃあ悪いのは」
隠「悪いのって・・・醜女かな。怖い女の人は鬼女」
八「ヒゲの生えたのがドジョウ」
隠「まぜっかえすなよ」
八「そんないい女なら口説いた奴も多かったろうね」
隠「そりゃそうさ」
八「そうだろう。きっと建具屋の半公みたいなあつかましいのが取りついたに違えねえ」
隠「何を言ってるんだ。深草の少将というお公家さんが特に想いをかけたな」
八「へえ」
隠「しかし男心と秋の空は変わりやすいもの,本当に私を想ってくださるなら百日の間,毎夜,私の所へ通ってほしいと小町は言った」
八「で,どうしました」
隠「恋に上下の隔てはない。お公家ともあろう身が雨の降る晩も風の吹く晩も毎日小町のもとへ通ったが,とうとう九十九夜目に大雪のためにお果てなされた」
八「何です。お果てなされたってなあ」
隠「亡くなったんだ。死んだんだな」
八「やれやれ,少々不覚な人だ」
隠「洒落るなよ」
八「でも小町だって面白くねえや。あとたった一日なんだ。そのくらい負けてやりゃいいじゃねえか」
隠「今そんなことを言ったってお前」
八「表へ出ろい」
隠「何を表へ出すんだよ。ただね,この小町という人も,その後も男を振り通したが最後は奥州極楽寺の門前で野垂れ死にをしたな。その時にはもう言い寄る人もいなかった」
八「ざまあみやがれ。罰当たりめ
隠「罰当たり・・・」
八「こっちの絵なんか面白いね」
隠「どれだい」
【Act Ⅲ】
八「チョロチョロ流れの細い川がある所でさ,椎茸が嵐にあったような帽子をかぶって,虎の皮のモモヒキはいて突っ立ってるじゃねえか。前で女が盆の上に何か黄色いのを乗っけてお辞儀をしてやがら。女中さん?」
隠「なんて絵の見方をするんだよ。お前さんにあっちゃかなわないな。椎茸が嵐にあったような帽子ってのがあるかい。騎射笠というもんだ。虎の皮のモモヒキではなくてムカバキ。狩装束なんだ」
八「なんか字が書いてありますね」
隠「うん。孤鞍(こあん)雨をついて茅茨(ぼうし)を叩く 少女は為におくる花一枝(いっし) 少女言わず花語らず 英雄の心緒(しんちょ)乱れて糸の如し」
八「チチンプイプイゴヨウノオンタカラと来やがったな。そう言って三べんなぜるとやけどが治るんでしょう」
隠「やけどのまじないじゃないよ。このお方は太田道灌だ」
八「大きなトーガン」
隠「冬瓜じゃない。治にいて乱を忘れず。道灌公が足ならしのために田端の里に狩くらにおでましになった」
八「カリクラって何です」
隠「鷹野だ」
八「タカノって何です」
隠「猟だ」
八「リョウって何です」
隠「わからないなあ。野駈けだよ」
八「ああ,薄明るくなってきて寒いんだ」
隠「それは夜明けだよ。つまり,山中へ鳥や獣をとりに行った」
八「そんならわかりました」
隠「ところがその時に村雨だ」
八「ムラサメね。ありゃ食いつくからね」
隠「何と間違えてるんだい。村雨だよ」
八「へえ,あっしは最中より好きだよ。茶ァうまく飲ませるもの」
隠「村雨を知らないな。村雨というのは,にわかに降る雨のことだ」
八「なあんだ雨か。雨なら雨とハナっから言えばわかるじゃねえか。英語を使うからわからねえ」
隠「英語じゃないよ。雨にも色々な呼び方がある。季節によっても違う。春先降る雨を春雨。五月(さつき)に入って降る雨をさみだれ
八「ミナヅキが耳だれ」
隠「六月は梅雨だよ。梅の実が成る頃に降るから梅の雨と書く。夏を夕立。冬を時雨」
八「色んな名前があるんだな」
隠「さあ道灌公,雨具のご用意がない。お困りになったな。そこで傍らを見ると一軒のあばら屋があった」
八「やっぱり昔の人は気がきかねえね。そんな所で油屋なんかしたって買いに来る奴はありゃしめえ」
隠「油屋じゃない。あばら屋。壊れたみすぼらしい家を言う」
八「じゃあ,しっかりした家が背骨屋か」
隠「背骨屋てのはない。訪ねてみると十五歳あまりの賎の女が出てきた」
八「なるほど,家が古いから巣食ってやがったんだね。チュウチュクチュウ,チュウチュクチュウ」
隠「何が」
八「スズメが出てきたってぇから」
隠「スズメじゃあない。シズノメ。卑しい乙女だというんだ」
八「ああ,芋をかじってんだ」
隠「いえ身分が卑しい」
八「そんなことを言うと怒られるよ」
隠「昔の話だよ。“雨具を貸してほしい”と所望すると,顔を赤らめた賎の女が奥へ入り,再び出てきた時には盆の上に山吹の枝を手折って“お恥ずかしゅう”と差し出したな」
八「山吹?」
隠「うん。雨具がないから,代わりに山吹の花を出したんだ」
八「なんでぇそりゃ。小さな山吹の枝で雨がしのげるかってんだ。それで雨を払いながら帰れってんだろ。腕がくたびれちまわぁ。それより蓮の葉でもかぶせてやったらいいだろう」
隠「何を言うんだよ。まあ,お前にわからないのも無理はない。道灌公という方は文武両道に長けていたお方だが頓知頓才というものにうとかった。“余が雨具を所望するのに,何ゆえあってこの乙女は山吹の枝を出したのであろうな”と考えているとご家来の中村数馬,この人は父親が歌人なのでお殿様より先にこの謎が解けた。つかつかと進み出て“おそれながら申し上げます。兼明親王の古歌に‘七重八重 花は咲けども 山吹の みの一つだに なきぞかなしき’というものがございます。山吹は実のないもの。これは実と蓑をかけて,雨具がないというお断りをしているのでございましょう”と申し上げたな」
八「へえ?小娘なのに大そうなことをしやがったな」
隠「すると道灌公はポンと小膝を打たれ“余は歌道に暗い”と言ってそのままご帰城になったという」
八「えらいもんだねえ。田舎娘に大将ォへこまされちゃったね」
隠「しかしそれから道灌公,一心不乱に歌の勉強をして末は日本一の歌人になった」
八「大きな火事だね。昔は水が少ねえしよく燃えただろうね」
隠「火事じゃない。歌人。歌を詠む人のことを歌人という」
八「読まねえのをボヤという」
隠「ボヤてえのはないよ」
八「一番おしまいに言った“ご帰城になった”てのは何のことです」
隠「ご帰城というからお城へ帰ったということだ」
八「角兵衛獅子みたいだね。後ろへ返った」
隠「曲芸じゃあない。後ろではなく,お城だよ」
八「城なんぞ持ってる人だったんですか」
隠「おい,知らないのかい。江戸城だよ。今の御所だ」
八「嘘でえ。親父に聞きゃあ,ありゃ徳川様のお城だって」
隠「道灌公のお城が後に徳川様のものになったんだ」
八「本当かい」
隠「覚えておくといい」
八「すみませんがねぇ,そのシズノメの出した雨具がないって断りの上品な歌ね,紙に書いてくださいな」
隠「いいけど,どうするんだい」
八「うちにもチョクチョク道灌が来やんだよ」
隠「何だい,道灌が来るってのは」
八「友達の道灌。雨降って傘もってねえ奴は道灌だろ。雨が降るときっと俺の友達が傘だの下駄だの借りに来る。貸すのは構わないが返したためしがねえ。だんだん聞いたら売っちゃったりするからね」
隠「人のものを勝手に売る奴があるのかい」
八「あるんだよ。俺も売るから」
隠「なぜそういうことを言うんだよ」
八「だから今度“雨具貸してくんねえか”ッたら山吹の代わりにその歌を書いた紙を出して断っちゃおうと思うんだ」
隠「でもお前の友達でこの歌をわかる人がいるのかい」
八「わかんなくったって構わねえ。こっちさえ気持ちよくなっちまえば」
隠「そうかい。では書こう」
八「本字じゃだめなんだからね。仮名でだよ」
隠「はいはい・・・これでいいかい」
八「おっ,書いたね。えーとナナヘヤヘ,ハナハサケトモ」
隠「違うよ。ナナエヤエと読む。ハナワサケドモ・・・濁りをつけてない所もそちらでつけとくれ」
八「これ出して相手が知らなかったら何て言えばいいんでしたっけ」
隠「その人は歌道に暗い。歌の道と書いて歌道という」
八「ああそうか。水の道が水道だな。人の道が人道。汽車の道はどっこい鉄道」
隠「色んなことを言うなァ」
八「なるほどね。じゃあこれはいただいて,あっしはこれで帰ろ」
隠「お待ちよ。もう少しゆっくりして行くといい。お酒でもつけよう」
八「貸しておきますよ」
隠「品物みたいだね。ほら,雨も降ってきた」
【Act Ⅳ】
八「ちょうどいい村雨だ。さよなら・・・ね,ウチは近いんだ。走ってけば大したことないからね。しかしああいう人はよく物を知ってるね。仲間にしとくといいよ・・・お隣のおばさん,ありがとう。留守に誰も来ませんでしたか。ええ,隠居さんのトコに行って遊んでたんですよ。あっ,引き窓が開けっ放しになってやがる。村雨が降りこみやがって,へっつい(釜戸)が濡れちまった。へっつい道灌だ。まあいいや,上がっちゃおう。おお,急に降りが強くなった。何だい大村雨だ,こりゃ。うはっ,通る通る道灌が。子守っ子の道灌が駆け出してく。赤ん坊の首を振り落としそうだな。大工の道灌もいる。わらじの下に木をくっつけて下駄みたいにしてやがる。うまいこと考えるな。ありゃ風鈴屋の道灌だ。こいつはグズグズしてやがる。駆けると風鈴を割っちまうよ。おー牛方の道灌。牛をバッシバシ引っぱたいても牛の方じゃなお動かねえや。婆ァの道灌。年増の道灌・・・色んな道灌がいらァ。ああ向こうの軒下でアネゴの道灌が尻を風呂敷で包んでる。尻が重いからあそこの家に預けていくのかな。そうじゃねえ,帯を包んだんだ。女は帯を大事にするからな。それよりも早く誰か雨具を借りに来ねえかなあ。雨がやんだらこの歌が無駄になっちまう。しょうがねえなあ」
○「おうっ,いるかい。いやァひどい降りだ。ちょいと借り物があって来たんだ」
八「来やがったな道灌。おう,お前の借りたい物は先刻ご承知だ。道灌公,雨具だろ」
○「雨具?いや雨具はおめぇ,朝焼けして危ねえから持ってけってお袋に言われてさ,傘を持って出たんだ」
八「雨具持ってる?用心のいい道灌だな手前ェは。この場違い道灌」
○「何だい,そのドーカンてのは。これから深川まで用足しに行くんだけどね,帰りが暗くって明かりがいるんだ。提灯貸してくれ」
八「提灯だァ。よせよ,提灯借りる道灌があるかい」
○「いいから早くしてくれよ。そこの鴨居にかかってるじゃねえか」
八「いえ,あっても貸せねえ」
○「貸してくんねえな。そういえばお前ェこないだの天ぷらの割り前まだ俺達に払ってねえ」
八「嫌な道灌だな。わかったよ。じゃあ“雨具貸してくれ”って言ってくれ。そうすりゃ,裏からこっそり提灯を貸してやるから」
○「何だか変だなあ。じゃ,まあいいや。そう言うよ。雨具貸してくんねえ」
八「初めからそう言って入って来いやい。こっちは女形でいくよ。賎の女だからね。お恥ずかしゅう・・・」
○「どうしたんだよッ。おかしくなったのか」
八「この紙を読んでみりゃわかるよ」
○「おい,こんな書付け出して。俺は急いでんだよ。なになに,ナナヘヤヘ,ハナハサケトモ」
八「だらしのねえ読み方するねい。ナナエヤエってんだよ。濁りをつけなきゃならない所はつけて,それでナナエヤエ ハナワサケドモ ヤマブキノ・・・えーと,そうだ。味噌一樽ニ鍋ゾ釜敷キってんだ。どうだ,わかったか」
○「何だいこりゃ。勝手道具の都々逸か」
八「都々逸ゥ?手前ェ,それを知らねえようじゃ,よっぽど歌道が暗えな」
○「だから提灯を借りに来たんだよ」