本編

【Act Ⅰ】
八五郎(以下,八)「おい,おい,そりゃいけねえな。子どもってのは動物と仲良くするもんだよ。犬をいじめんじゃねえ。ホラ,ホラ,石なんかほうるんじゃねえよ」
子供「おじさん,これ犬じゃねえんだョ。狸だよ」
八「狸だ?そうか,犬にしちゃあナ,口がとんがらがって。子狸のようだナ」
子供「そうなんだョ,罠かけてね,親狸はかからないで子狸がかかっちゃったんだ。今,みんなでとっつかまえてふン縛ったんだけれども,狸汁にして食っちまうんだ」
八「おい,おい,かわいそうなことをするねえ。この狸も,お前たちと同じように子どもじゃねえか。なあ。じゃ,狸をこっちへよこせ。おじさんが狸を買ってやるから,こっちへよこしなョ」
子供「おじさん,狸買ってどうするんだ」
八「どうするんだって,逃がしてやるのよ」
子供「逃がしてやる・・・やァ,仲間だな。狸親父」
八「変なこと言うな,こン畜生。さァさ,こっちィ貸せ,こっち貸せ。さァいくらもねえけどもナ,お前たちにこれをやるから,これでみんなで飴でも買やァいい。おい,こっちへよこしなよ,狸を・・・さァさ,ほどいてやるから。お前餌なんかに気をとられるからこういうことになるんだィ。さァ,逃げろ,逃げろ。ハハハ,どうだィ,丸くなってとんでいっちまィやがる。あー,でも,いいことをしたョ。墓参りの帰りだしなァ,生き物の生命(いのち)を助けていい後生だ。だけど,なけなしの銭,子どもにみんなくれちゃったもンなァ。文無しになっちゃったな。まァいいか,なんとかなるだろう」
○「(トン,トン,トン,トン)コンバァー(トン,トン,トン,トン)コンバァー」
八「フワーア・・・誰でィ,夜中に。そう戸をたたくなよ。寝ちゃったんだョ,もう。明日にしてくんないかな。誰なんだ」
○「タヌー」
八「えッ,なに」
○「タヌース」
八「民公か」
○「いやタヌース」
八「うーん?なんだ,起き抜けだから,よく聞こえねえや。狸がモソモソ言ってるようだな」
○「その狸です」
八「その狸だって言いやがる。狸につき合いなんぞねえや。またなんだろ,夜遊びしちゃァ閉め出しくって俺ン家(ち)来て泊めてくれってんだろ。俺が独り者だからって,家を宿屋かなんかと心得ていやがるんだものなァ。待ちな,待ちな,今あけてやるから。冗談じゃねえぜ,よる夜中人ン家の戸をたたいてあけさせて,本当に。さァさ,お入りョ。おう,なんだ,誰もいねえじゃねえか」
○「へへへ,こっち入っております」
八「なんだ,なんだィ。やに真黒いものが。なんだ」
○「へへ,狸でございます」
八「狸だ?この野郎,どこから入ったんだ」
狸「今,親方がおあけになったとたんに,股ぐらスーッと通って入りました。ちょいと見たら,随分フンドシが汚れてた」
八「大きなお世話だい。なんだってこんなとこ飛びこんできやがったんだい」
狸「昼間,あのやぶのところで子どもにつかまりまして危ないところ,親方がとび出して買い取って逃がしてくださいました。あの時の子狸でございます」
八「あーァ,そうか,あん時の狸か。狸だとかどじょうなんてェのはみんな同しような面(つら)してやがるからなァ。そうかい,あれからどうしたい」
狸「穴に帰りましてそのことを両親に申しました」
八「なんだい,その両親てェのは。えッ,ああ,親狸か。話をしたのかい」
狸「大変もう親父は喜んでおりまして,実に立派なかただなんてんで,腹をたたいて感心してました」
八「ウフッ,膝をたたいて感心するてェのはあるがなァ,狸のはやっぱり腹をたたくのかなァ。そんなに感心してたか」
狸「いやァ,実に立派なかただっていうんで,そういうかたは人間にしておくのは惜しいと言ってました」
八「なんでィ,人間にしておくのが惜しいってェのは」
狸「狸の仲間に入れてあげても恥ずかしくない人だ」
八「よせ,馬鹿なこと言うねえ。そうかい,そんなこと言って親父がほめてたかい」
狸「ご恩人だから,早速お前が行ってご恩返しをしてこなくちゃいけないとこう言われまして,今晩お礼かたがた恩返しにあがったようなわけでございます。どうぞひとつよろしく」
八「おお,そうかい。義理がてェこと言ってやがんなァ。恩返しってなにをやるつもりだ」
狸「べつにこれってできることもございませんから,親方がお仕事からお帰りになりましたら,おみ足でもさすりましたり,肩でもたたきまして,あなたのおかみさん代わりになって」
八「おお,断わろうじゃあねえか。狸のおかみさんがありゃァ困らあな。まァいいや,そのお心持ちだけで充分だ。いいから穴へ帰ンなよ」
狸「いやァ,このまま穴に帰れませんので。なにしろうちの親父は昔気質(かたぎ)でございますから“恩返しをしてきたか”“してまいりません”なんつった日には,とんだことになりますから。“なんだこの馬鹿野郎,恩を受けて返さない奴があるか。そいじゃまるで人間も同様じゃねえか”」
八「おい,おい,よせョ。馬鹿なことを言うなョ。いいからお帰りよ」
狸「置いてくださいョ。このまま帰るってェと,勘当になっちゃいますから」
八「勘当されちゃァかわいそうだな。じゃァ,まァ,いてみろィ。いるのはいいけどな,俺のとこは食い物なんぞなんにもねえぞ」
狸「そんなものは自分でどうにかしますから」
八「そうか。着て寝るものもねえぜ。俺は,お柏になって寝て・・・お柏なんても知るめいがナ,一枚のせんべい布団にクルクルってくるまって寝てるんだ。お前の着て寝る布団がねえや」
狸「そんなものはいりません。自分のをひろげて寝ますから」
八「ああそうか,よく聞くなァ,狸の金は八畳敷きだなんてェのは。そんなにひろがるのか。ちょいとここでひろげて見せねえか」
狸「八畳は親狸でして,私はまだ子狸ですから,ホンの四畳半ぐらいで」
八「四畳半?粋なもんじゃねえか。暖けえのか」
狸「暖かいものです。なんなら半分かけましょうか」
八「おお,いいや。じゃァ,それにお前くるまろうが,勝手にして寝ろィ。じゃァまァナ,今晩は遅いから寝ることにして,万事明日のことだ。それから,なんだぜ,俺ンとこに友達が大勢来るがなァ,お前がウロウロしてるてェとまずいぜ。八公ンとこ行くと,しょっちゅう狸がふくれてるなんてんでな,口が悪いから狸の八五郎だなんて仇名をつけられちまうからな。目立たねえように」
狸「ああ,そりゃァちゃんと心得てますから」
八「そうかい,そいじゃ今晩遅いから寝ようじゃねえか」
狸「では」
八「おい,おい,いいんだよ。上へあがって寝ろよ。えッ,畳があります?いんだ,それが畳たって,ボロボロなんだ。えッ,畳は冷えていけねえ?言うこと変わってやがんなァ。そうか,お前の好きにしろ。土間の方がいいか。炭俵かなんか敷いてやろうかな。いらねえか,うん,じゃ休みねえ」
狸「へェ,休ましていただきます。お休みなさいまし。グー,グー」
八「なんだ,随分寝つきのいい狸だなァ。もうイビキをかいてやがらァ。オイ,お前目ェあいてんな」
狸「へェ,狸寝入りです」
八「ああ,狸寝入りか」
【Act Ⅱ】
狸「親方,もし,しょうがねえな。人間なんざ寝ちゃうと死んだんだかなんだかわからねえな。親方,お起きなさいまし。モシ,親方」
八「お,お,へぇ,どうもすいません。えーどうもありがと。いやね,夕べね,変なのと会ったもんだからネ,すっかり寝そびれちゃってね。おい,おい,なんだ,俺はお向こうのおかみさんだと思って話をしてたらそうじゃァねえな。見慣れねえ小僧じゃねえか。どこの小僧だい。おいおい笑ってちゃいけねえ。どこの小僧だョ」
狸「狸です」
八「なに」
狸「夕べの狸です」
八「あッ,ン畜生,化けやがった」
狸「大きな声をしちゃいけません。狸のまんまじゃいられませんからね,目立たないよう化けてみたンすョ」
八「そうかい,うまく化けるもんだなァ。回ってみろ,回ってみろ。しっぽなんか出てねえな。うめえもんだな」
狸「ええ,仲間じゃなかなかたちがいいってほめられてますから。はじめあなたのおかみさんになったんですがね,どうも急に女房ができちゃうのは変なもんだと思い,それにまた女てェのは目につきやすいですからネ。それでおかみさんやめまして,きれいな小僧に化けたんですがネ,家(うち)ィ見ると随分汚ない家ですから,遠慮しまして,汚ない方に化け直りました」
八「なんでィ,変なとこに遠慮するなョ。おい,家が汚ねえどころじゃねえ,見違えるほど小ざっぱりしてきれいになっちゃったネ」
狸「ええ,掃除をしましてネ。あなたは不精ですね。ゴミだらけ。はき出すったって,ほうきはなし,はたきはなし,仕方がないからしっぽではたきましたョ。随分しっぽの毛が抜けちゃった」
八「あんまり無理をすんなョ。そうかい,とにかくまめでいいナ」
狸「それから,もう,ご飯の仕度ができてますからどうぞ。顔を洗ってご飯を召しあがるように」
八「えッ,そんなことしたのか。だっていけねえぜ。ご飯の仕度って,いやだよ,変なものを食わしたんじゃァ」
狸「いや,ご恩人ですから,そんな馬鹿な真似はいたしませんから」
八「だって,ご飯の仕度たって,米っ粒一つねえぜ」
狸「そらもうちゃんと買ってきました」
八「買ってきましたって,銭がねえ」
狸「そらァもう大丈夫。火鉢の引出しをあけましたら,古い葉書が何枚かありました。私が葉書をニ,三回もスーッとなでますてェと,そいつが立派な札になっちゃうんで。そいつで化かして買ってきたから大丈夫です」
八「へェー,お前がなにかい,葉書をなでると札になるのかい。そいつはありがてえ。お前に当分いてもらおう。義理の悪いとこは狸で用が足りるぜ。そうかい。いや,いや,どうもありがてえな。飯はご馳走になるが,その前にちょいとお前に頼みがあるんだがな。俺はこう見ての通り,独り者で怠け者でな。なにしろ方々義理の悪い借金があってナ,今が今,一軒取りにくる奴があるんだよ。これは地方から来てな,呉服屋だい。どうもね,親方のとこの勘定をもらわねえと国へ帰れねえ,宿屋でムダ飯ばかり食ってなくちゃなりませんて,毎日のように催促に来てうるさくてしょうがねえ。これがな,五円ありゃァ釣銭(つり)がくるんだがな。おい,そこに葉書はいくらかたきつけに取ってあるんだからよ,札をひとつこしらえといてくれねえか」
狸「それはだめです。いつまでもお札になってないんですから。向こうの手に渡ってしばらくすると元の葉書になっちまいますからネ。ですから,私が魚屋に行く時は,おじいさんになったり,米屋に行く時はおばあさんになったりネ,酒屋行く時は女中になったり,そうしないと,あやしまれますから。しまいにはあわ食っちゃって,おじいさんとおばあさんと半々に化けたり」
八「危ねえな,オィ」
狸「驚いて化け直りましたけど,家に取りに来る方はまずいです。うちから出たお札が葉書になったとなりますと,親方があやしまれることになります」
八「ああ,そうか。狸の方が考えが深ェな。なんとかなんねえかな,オィ。四円いくらなんだがなァ。じゃ,どうでィ,大入道かなんかになって,借金取りが来たらワーとか言っておどかしちゃうとか,そういうことはできねえかい」
狸「へへへ,どうもそういうことは。私のおじいさんの代に化けたってェことは聞いてますけどね,大入道なんぞ,いまどき馬鹿馬鹿しくてあんなのは」
八「なんでィ,馬鹿に威張ってやがんなァ。だめかよ,オィ。なんとかなんねえか」
狸「そうですなァ」
八「五円ありゃァいいんだけどなァ」
狸「じゃァ,私がお札になるからお使いなさい」
八「なんだ,お前,札になれるのかよ」
狸「ええ,私は札はうまいもんですョ。よくね,札に化けて道端にころがって人間をおどかして,親父に叱られたことがあります」
八「どうやって」
狸「お札になって道端にころがってるんですョ。そうするとネ,ホラ,こんなところにお札が落っこってるなんてんで,拾おうとしますからね,そこんとこを引っかいちゃう」
八「おい,札が引っかくのかョ」
狸「驚きますョ。そいで歯でガッと食いついてやるんですョ。びっくりしましてねェ,腰を抜かす奴ある,真青な顔して逃げる奴ある。それを木の陰で見てみんなで笑ってるんですョ。人間なんてものは愚かで卑しいもんだと思って」
八「おい,おい,あんまりそう人間を悪く言うなョ。俺だって人間だぜ」
狸「あなたは人間というようなもんの,まァどっちかっていえば狸に近い方で」
八「馬鹿なこと言うなョ。そうか,それじゃ一円札を五,六枚こしらえといてくれ」
狸「五,六枚だなんて,バラバラになるんですか。一匹一役ですからネ,どうしてもバラバラでお入用だてェなら,これから穴に帰りましてネ,親戚一同みんな呼び集めまして」
八「おい,いけねえよ。そう狸を連れてきちゃァ困らァな。じゃァお釣銭(つり)はわずかだから,向こうへくれちまえばいいんだからな,五円札に化けろ。五円札に」
狸「ああ,そうすか。化ける手数は同じですからネ,じゃ,どうです,七円の札に」
八「おい,そんな半端な札はねえんだ。五円でいいよ,五円で」
狸「そうすか」
八「じゃァ,早く化けてみてくれ」
狸「あの,こっちを見てちゃまずいんですがネ。こう,手拍子三つお願いします。そのとたんにでんぐり返しをやりますから」
八「おお,そうかい。目をつぶって。なァに,見やしねえ,見やしねえ。じゃ,いいかい,手拍子三つだな。ヨ,ヨ,ヨイ。おッ,いなくなっちゃった。たぬ公,野郎化けられないんで逃げたんじゃねえかい。えッ,そうじゃありません?あなたの膝の前だ?お,おい,いつここにきて化けてやがんだ。うまく化けやがったなァ。こりゃァ,どう見たって立派な札だぜ。へェー,おッ,食いつきゃしねえ,俺は大丈夫だろうなァ。こりゃァうめェもんだ。札になると目方まで軽いなァ。そこが難しい?おう,なんでィ,裏に毛が生えてるじゃねえか。札に毛が生えてるてえのはねえぜ。え,裏毛のが暖(あった)かです?冗談じゃねえやな,シャツじゃねえんだから毛を取れ,毛を取れ。なんだ,毛がなくなったらノミが出てきやがった。エッ,とってください?やだな,本当に。俺,札のノミとったのはじめてだ。オィ,両方同じ紋様じゃねえか。だめだい,どっちか変えろよ。あ,そうだ。ヨシ,ヨシ,おお,うめェもんだな,なかなかどうして。そう回しちゃァいけません?目が回る。札が目を回しちゃァしょうがねえ」
狸「キッ」
八「変な声すんねえ。どうした,え?たたんじゃいけません,たたまれますと腹を押すから小便が?小便はいけねえ。おッ,なんだい,こっちの方が頭です?冗談じゃねえな。札に頭があるとは思わねえな。こうやって持ってるわけにはいかねえから,じゃ,まァ下に置こうじゃねえかなァ。えッ,血が下がるから枕貸せ?札が枕をしちゃァいけねえよ。おい,おい,どこへ行くんだ,どこへ。なに,小便をしてくる?だめだい,化けねえうちにやりねえ。札が濡れちまうじゃねえかよ。おッ,シッ,シッ。待ってろ。来たよ。待ってろ」
【Act Ⅲ】
縮屋(以下,商)「えー,お早うございます。呉服の縮屋でございますが」
八「あ,おう,お前かい。いや,もうお前が来る時分だと思ってな,さっきからここへ狸が,ウン,いや,なんだ,ここ,なんだァ五円置いて待ってるんだ。いくらだ」
商「ヘィ,ありがとうございます。えー,残りが四円三十銭でございますが」
八「あ,そうか,受け取りか。こっちへ貸してみてくれィ。判こが押してあるナ。受け取りをもらえばこっちのもんだ。じゃ,払うからな。えーと,どっちだっけな。そうそう,こっちの方が,こっちが頭だい。さァ,持っていってくれよ。こっちが頭だからな,逆さにしねえようにな。血が下がるとかわいそうだから」
商「ハハハ,ありがとうございます。こんな早くみんないただけようとは思いませんでした。いや,半分でも頂戴できたらと思ってやってきたんですが。ああ,きれいなお札ですなァ。折り目がなくってどうも,手の切れそうなお札で」
八「いやー,手なんぞ切れねえぞ。食いつくぜ。まァいいや,持ってけョ」
商「へへへ,どうも,ありがとうございます。えー,そうしますってェと,これでお釣銭(つり)でございます」
八「ああいいよ,いいよ。お前に随分むだ足を踏ませたからな,江戸っ子だい,ねえ時ゃ払わねえが,ある時はパッと払っちゃうんだィ。釣銭なんぞいらねえ。お前にみんなくれてやるから持ってきなィ」
商「そうですか。それはどうもありがとうございます。じゃ,遠慮なく頂戴・・・」
八「おい,おい,たたむんじゃねえ。よせよ,おい,だめだよ。たたむと腹を押すからお前,小便しちゃうからョ。平らにして懐に入れて持ってきなョ」
商「ハハ,そうですか。たためないお札なんてのはあんまり見たことが」
八「回すなよ,そこでそんなに。目が回るじゃねえか。その,なんだい,早く懐に入れていたわって連れてけよ」
商「いたわって,連れてく・・・どうもご冗談ばかりおっしゃって。では,このまま頂戴いたします。じゃァまた,ご用の節は」
八「ああ,頼むからな。気をつけて帰んなよ。ふふふ,ありがてえ,ありがてえ。とうとうあいつは狸を懐に入れて喜んで帰っちまいやがって。でも待ってくれよ。あいつはまたノン気だからナ,懐が暖かくて寝心地がいいなんて,寝ちまわねえかなァ。札がイビキをかいたなんてったら大変だからなァ。うまく帰ってくればいいけど」
狸「ただいまー」
八「おう,どうしたい。心配してたぜ」
狸「ええ,どうも驚きました。親方いけません。向こうに渡す時に変なこと言うもんですから,あいつは表へ出てね,どうも,あそこに五円札があるわけはねえって言うんですョ。あっしを懐から出してね,天日にすかしてみたり引っ張ってみたりね,脇の下かきまわしたりしてネ,くすぐったくて驚いちゃった。笑っちゃいけないと思いましたからネ,こっちは我慢してましたが,そのうちにていねいに四つに折りたたんで,こんな小さながま口ィ入れてパチン。あっしは腹を押されて,背骨が曲がってこんなになっちゃってネ,とうとうたまりかねてがま口ン中に小便しちゃいました」
八「おい,がま口じゃいけねえな」
狸「そうなったら入ってられませんから,がま口の脇を食い破りまして逃げてきました」
八「うまく逃げられたなァ」
狸「ええ,逃げてくる時,がま口の中にネ一円札が二枚ありましたから,ちょっとお小遣いにくわえてまいりました」
八「おい,おい,札が札をくわえちゃァしょうがねえじゃねえか」